大阪地方裁判所 平成3年(ワ)1077号 判決 1993年8月24日
原告
浦埜恭平
ほか二名
被告
藤野貴広
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一原告らの請求
被告らは、原告浦埜恭平(以下「原告恭平」という。)に対し金六二七二万三〇五三円、原告浦埜博(以下「原告博」という)、同浦埜絹子(以下「原告絹子」という。)に対し各金一〇〇万円及びこれらに対する平成元年一二月二五日からいずれも支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、被告が普通乗用自動車(以下「被告車」という。)を運転中、原告恭平の運転する自動二輪車(以下「原告車」という。)が転倒し、原告恭平が被告車に轢過されて負傷した事故について、原告恭平とその両親である原告博、同絹子が被告に対して、自倍法三条に基づく損害賠償を請求したものである。
一 争いのない事実
次のとおりの交通事故が発生した。
日時 平成元年一二月二五日午後八時二〇分ころ
場所 大阪市平野区喜連西一丁目一五先路上
態様 被告が被告車を運転中、原告恭平の運転していた原告車が急ブレーキをかけて転倒し、センターライン付近に投げ出された原告恭平を被告車が轢過した。
二 争点
1 被告の自倍法三条但書による免責の可否(被告は、原告恭平がセンターライン付近を走行して先行車を追い抜こうとした際に運転操作を誤つて転倒し、被告車の進路へ投げ出されたため、本件事故が発生したもので、被告には何らの過失がなく、被告車には構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたとして、自倍法三条但書による免責を主張する。これに対して、原告らは、原告恭平は原告車の進路前方に飛び出してきた中年女性に衝突するのを避けるため、急ブレーキをかけたもので、原告恭平が路上に転倒したこと自体に過失はなく、被告が前方注視義務を尽くしていれば、路上に転倒している原告恭平を発見することができたにもかかわらず、被告が右義務を怠つたため、本件事故が発生したとして、被告の過失を主張する。)
2 損害額(治療費、入院付添費、入院雑費、逸失利益、入通院慰謝料、後遺障害慰謝料、原告博及び同絹子の慰謝料、弁護士費用)
3 過失相殺(被告は、仮に被告に過失があるとしても、本件事故発生については原告恭平に重大な過失があると主張し、原告らは右主張を争う。)
第三争点に対する判断
一 証拠(甲一、一一ないし一五、検甲一の1ないし10、二、三の1ないし3、四の1ないし8、乙一、二、四、証人麻田靖彦、同中原輝史、原告恭平、被告各本人、鑑定)によれば、以下の事実が認められ、証人中原輝史の証言、原告恭平、被告各本人尋問の結果、鑑定の結果のうち、いずれも右認定に反する部分は採用できない。
本件事故現場は、東西に伸びる車道部分の幅員が約七メートルのセンターラインのある道路(以下「東西道路」という。)の東行車線上である。本件事故現場のすぐ東側には、南北に伸びる車道部分の幅員が約六メートルのセンターラインのある道路(以下「南北道路」という。)が東西道路の北端部分で交わるT字型交差点(以下「本件交差点」という。)がある。本件交差点には信号機が設置されており、本件事故現場付近の東西道路は、市街地にある交通閑散な道路で、本件事故現場付近の制限速度は、時速四〇キロメートルである。本件事故現場付近は平坦なアスファルト舗装で、夜間は比較的暗く、本件事故当時、路面は乾燥していた。本件事故当時、被告は、被告車を運転して東西道路の東行車線を時速約三〇キロメートルの速度で東進し、本件事故現場の手前約二四・三メートルの地点に差しかかつた。その際、被告は、本件交差点西詰の横断歩道のすぐ西側付近の対向車線上を対向西進してくる四輪自動車と、同車のすぐ右後方(西行車線上のセンターライン付近で本件交差点西詰の横断歩道上)を同様に対向西進してくる原告車の前照灯を進路前方約三六・六メートルの地点に認めた。被告は、原告車の前照灯を認めた直後、その前照灯がふらつくのを見たが、その後すぐにその前照灯が見えなくなつた。本件事故当時、被告は、本件交差点を直進通過するつもりであり、本件交差点の対面信号が青色を表示していたことから、前記速度のまま、原告車の前照灯を認めた地点から約二四・三メートル東進した地点で、右後輪付近に軽いシヨツクを感じたため、被告車を停止させた。他方、原告恭平は、本件事故当時、東西道路を西進し、先行する四輪自動車を右側から追い越そうとしてセンターライン付近を走行していたが、対向車を認めたことから、危険を感じ、センターラインのすぐ南側(本件交差点西詰の横断歩道のすぐ西側付近)で急ブレーキをかけたところ、センターラインのすぐ南側沿いを数メートル走行した後、転倒した。右転倒後、原告車は、センターラインを越えて、原告車の進路前方の対向車線上を北西方向に斜めに横切るように二〇メートル以上滑走して東西道路の東行車線の北端付近に停止したが、被告車とは衝突しなかつた。また、原告恭平自身は、右転倒後、間もなく原告車と離れ、原告車のすぐ右側(北側)の位置で原告車と並ぶようにして滑走しながらセンターラインを北西方向に斜めに横切り、対向車線上に進出して滑走し、センターラインの北側約一メートルの地点に達して、なお滑走中であつたところ、東進してきた被告車の右側後輪の外側付近で強く押しつけられるように轢かれた。さらに、本件事故当時、被告車には構造上の欠陥又は機能の障害がなかつた(なお、本件事故当時における被告車の速度に関し、被告は、その本人尋問において、時速四〇キロメートル位であつたと供述しているが、被告車が原告恭平を轢いてから停止するまでの距離が約一二・七メートルであることからすると、被告車の速度は時速三〇キロメートル程度の速度であつたと解する。さらに、原告らは、本件事故当時、原告車が南北道路を南進して本件交差点を右折し、本件事故現場に差しかかつた際、中年女性が進路前方に飛び出してきたので、急ブレーキをかけたところ、転倒したと主張するが、乙第一号証の実況見分調書添付図面におけるスリツプ痕の開始地点から原告車の停止地点までの右図面上の計測によれば、原告車のブレーキが効き始めてから停止するまでの間に約三三メートルもの距離があることからすると、本件事故当時、原告車がかなりの速度で走行していたことは明らかであるから、本件事故直前に原告車が本件交差点を右折したとするのは不自然であり、また、中年女性が原告車の進路前方に飛び出してきたことを認めるに足りる証拠はない。また、原告らは、本件事故当時、本件交差点西詰の横断歩道のすぐ西側の西行車線上にはトレーラーが停止していたと主張し、原告恭平本人尋問の結果中には右主張に添う供述部分があるが、トレーラーであれば、通常の自動車よりもかなり車幅が広いと解されるところ、乙第一号証の実況見分調書添付図面によれば、西行車線の幅員は約三・五メートルしかなく、前記のとおり、原告車はかなりの速度で進行しており、しかも本件交差点を右折してきたとの原告らの主張を前提とすれば、スリツプ痕がセンターラインの南側にこれとほぼ平行に直線で表示されている右図面の記載との間には矛盾があると解されるので、原告らの右主張も採用できない。さらに、原告らは、右実況見分調書上、被告が原告車の前照灯を発見した際の原告車の地点と原告恭平が被告車に轢かれた地点との距離が約一五・八メートルで、その間に被告車が約二四・三メートル進行しているとすると、本件事故当時、原告車が極めて低速で進行していたことになつて、原告車が先行車を追い抜こうとしていたとの被告の供述は不合理であると主張するが、原告恭平が本件事故直前に急ブレーキをかけ、その後間もなく転倒していることから、原告車はこれに伴つて本件事故直前の通常走行時の速度からかなり減速していると解され、その間、被告車は減速することなく走行しているのであるから、右各距離の比較に基づいて、本件事故直前に原告車が先行車を追い抜こうとしていなかつたとする原告らの右主張は採用できない。また、原告らは、本件事故後、路上に倒れている原告恭平を被告車が轢いたと主張するが、右実況見分調書における被告車の右後部ドア下部、右後輪タイヤ外側の各擦過痕の状況、乙第二号証の原告のヘルメツト、着衣の各損傷状況からすると、被告車が原告恭平と接した部分は、右後部ドア下部と右後輪タイヤ外側のみであつて、被告車の右前輪付近には接触等の痕跡が全く認められないのであるから、原告恭平が西行車線からセンターラインを越えて東行車線上を滑走中で、北西方向への運動が継続していたため、被告車の右前輪には轢かれなかつたものの、右後輪には轢かれる結果が発生したと解するのが相当である。そして、原告恭平が被告車に轢かれる際、なお北西方向へある程度の速度で滑走中であつたことは、原告車が、原告恭平が轢かれた地点からさらに一五メートル以上滑走していることから明らかである。原告恭平が被告車の右後輪のみで轢かれている点につき、原告らは、被告がハンドルを操作したため、右後輪のみで轢かれることになつたとの推測を主張するが、本件全証拠を検討しても、本件事故当時、被告がハンドル操作をした事実は認められないので、右主張は採用できない。なお、鑑定の結果及び鑑定人に対する証人尋問の結果中には、原告車が被告車に衝突していないことに関し、原告車が被告車の進路前方を滑走して通過した後に、被告車が進行して原告恭平を轢いたとの部分があるが、乙第一号証の実況見分調書添付図面における擦過痕が、原告恭平が轢かれた地点のすぐ西側でセンターラインのすぐ北側から始まつており、原告恭平が被告車に轢かれた状況も、被告車の右後輪の外側付近で強く押しつけられるように轢かれていることからすると、原告車が被告車に衝突しなかつたのは、前記認定のとおり、原告車が原告恭平の南側寄りを滑走していたためであると解するのが合理的である。)。
二 右認定事実によれば、本件事故は、被告車が時速約三〇キロメートル(秒速約八・三三メートル)の速度で進行中、進路前方の対向車線上で急ブレーキをかけて転倒した原告恭平が原告車とともに被告車の走行する車線上に向かつて滑走してきたため、被告車の右前輪では轢かれなかつたものの、右後輪で轢かれたものであり、自動二輪車が突然転倒してその運転者が対向車線上に滑走すること自体が異常な事態であるうえ、本件事故当時、本件事故現場は夜間で比較的暗く、被告が原告車の前照灯がふらつくのを認めた後も、原告車と被告車は互いに対向接近し続けており、右に認定した各距離及び速度関係からすると、被告が原告車の前照灯を認めてから三秒間足らず(被告車が右二四・三メートルの距離を秒速八・三三メートルの速度で進むのに要する時間)で本件事故が発生していると解され、原告車が転倒したのは被告が原告車の前照灯を認めた時点よりもさらに後のことであることからすると、被告が、原告恭平が対向車線から自車線上に進出してくることを予期して原告恭平との衝突を回避する措置を講じる時間的余裕はなかつたと解されるので、本件事故発生について、被告に過失はないと解するのが相当である。そして、本件事故当時、被告車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたことは前記認定のとおりである。そうすると、被告の自倍法三条但書に基づく免責の主張は理由がある。
三 以上によれば、その余の点につき判断するまでもなく、原告らの請求は理由がない。
(裁判官 安原清蔵)